四国八十八箇所巡礼 一番札所奥の院 「種蒔大師 東林院」

大法会 見所と歴史

大法会は見どころいっぱい!!

 大法会といえば、過去帳読みたてをまず頭に浮べる方が多いと思います。大法会では、五座(五回)行なわれる理趣三昧法会の功徳によって、ご先祖さまを供養しています。その供養されるご先祖さまの名前を読み上げているのです。

 その法会自体のお参りが例年どうも少ないようなので、是非一座だけでも
法会に参列していただきたいと思うのです。

 その中で見どころ!と言える、お勧め法会をご案内いたします。

(ホントは全部見どころなのですが・・)

準庭儀(じゅんていぎ)(初日11月30日[土]、朝九時頃)

開白おつとめ冒頭の様子

開白おつとめの冒頭で、おじゅっさんたちが大師堂から本堂まで練り歩き、境内中央にある大卒塔婆の前で、散華(さんげ)というきれいな造花を撒(ま)きます。
この散華はお持ち帰りいただけます。早い者勝ちですよ~。



中曲行道(ちゅうきょくぎょうどう)

中曲行道の様子

開白の座と第二座・第五座の法会では、中曲行道というとってもファンキーな読経が行なわれます。是非一度聞いてみてください。
 第二座と第五座の前後に、ちょうど東林院の過去帳読みたてがあります。是非ご参列下さい。





布教(ふきょう)(二日目、夕方六時半)

小塩祐光大僧正 お聞き逃しなく!

徳島を代表する高僧、木津長谷寺ご住職、小塩祐光大僧正が法話をしてくださいます。
 結衆大法会で大僧正のお話を聴けるのは東林院での時だけです。これは聞き逃せませんよ!

 

 

 

結願(けちがん)(布教の後)

大法会の最後で最大の見せ場です。
高野山から移され、二日間明々と本堂を照らし続けた聖火を、再び高野山にお送りする神秘の儀式です。

結願(聖火奉送)の様子

 灯明以外の明かりを消して、薄暗い中で導師が結願作法という秘法を修し、声明(しょうみょう)という仏教の賛美歌とご詠歌が厳(おごそ)かに唱えられ、本堂の中は何ともいえない神秘的で荘厳な空間となります。
 これはその場に立ち会わないと味わえない雰囲気ですよ。
どうぞお見逃しなく!

 

 

大法会の歴史

大法会の歴史と、東林院結集大法会の歴史を簡単にご紹介いたします。
戦乱の中、記録が消失してしまっている部分もありますが、伝統的な大行事です。

大法会のルーツは平安時代

 今から千二百年前、弘仁十三年(八二二年)の十二月十一日から五日間、京都の高雄山神護寺(たかおさん・じんごじ)で、弘法大師空海(お大師さま)が亡き師僧の恵果(けいか)和尚のために理趣三昧法会(りしゅざんまいほうえ)を修したと記録にあります。

弘法大師と恵果和尚

ひざまずいているのがお大師さまで、椅子に座っているのが恵果和尚。

 恵果和尚は、お大師さまが唐の国(現在の中国)に留学したとき、長安の都にある青龍寺(しょうりゅうじ)で、真言密教を大師に伝授された高僧です。

 お大師さまは、皆さんがご先祖さまを大事に供養するのと同じように、僧侶としての父とも言える師僧を供養するためにこの法会を行なったのです。


右図:ひざまずいているのがお大師さまで、椅子に座っているのが恵果和尚。

理趣三昧法会とは

理趣経というお経を大勢の僧侶が歌うようにお唱えする中、導師が真言密教の秘法を修(しゅ)する法会のことで、まさに大法会で行う法会のことです。大法会では二日間に五回この法会を行ない、その間に過去帳の読みたてをしているのです。

東林院での大法会

 東林院結衆(けっしゅう)の大法会がいつ頃から始まったのかを示す記録は、残念ながら今のところ見当たりません。
しかし、隣の鳴門結衆では、戦国時代の真最中の永正二年(一五〇五年)に始まったという記録が残っているそうです。
 一概には言えませんが、恐らくそれに近い時代には、東林院結衆でも行なわれるようになっていたと思われます。そうだとすると、もう四百年以上の歴史があることになり、まさに伝統行事といえます。

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